板東太郎、筑紫次郎、四国三郎、信濃太郎。これらの名前にぴーんと来た人は、かなり日本通。歌舞伎役者の名前?いや、地方の豪商だろう。まてよ、鄙(ひな)の牛か犬の種類かもしれないぞ。想像はふくらみます。
ご存じでしたか?なんとこれらは川の名前なのです。板東太郎は利根川、筑紫次郎は筑後川、四国三郎は吉野川、信濃太郎は信濃川、それぞれの別名なのです。板東太郎に至っては、入道雲の別名にもなっている。これらは、みな、人の名前を重ねていることから擬人名と云われています。
川や雲に人の名を付けるなんて、なんと親しみやすい仕方でしょう。あ、そう云えば台風もそうでしたね。
例えば、板東太郎と名付けられた利根川沿いを、丁寧に地図を辿っていくと、雷を祀った神社がいくつもあることに気付きます。そう、雷電神社です。
これはいったいどういうことでしょうか。ここからは想像ですが、真夏には川から大量の水蒸気が上がり、川に沿って空高く入道雲ができる。それによって、その地域に落雷が多く発生、人々は、雷様を畏怖して神社を建立したのでしょう。
そう考えると、川と雲と雷と神社の関係がはっきりしてきます。神社はたんに気まぐれで、そこここに建てられたのではなく、自然を組み込んだ壮大なデザインと云えるのです。 すごい。
と、ここで思い出すのが、宮沢賢治。かれの『蛙のゴム靴』にこんな蛙たちのやりとりがあります。「どうも実に立派だね。だんだんペネタ形になるね」「うん。薄い金色だね。永遠の生命を思はせるね」「実に僕たちの理想だね」。入道雲を見上げて蛙たちが人生を語っている下りです。ゾクッとします。
ところで、擬人名は他にもたくさんあります。〜坊主、〜坊、〜小僧、〜太郎といった類の言葉がそうです。思いつくままに挙げてみます。
三日坊主、影法師、暴れん坊、でくの坊、膝小僧、石部金吉(杓子定規な人)、藪井竹庵(藪医者のこと)、源助(失望や失敗を擬人化)、宿六(ろくでなしの擬人化)。
ふーっ。紙幅が足りません。
よいおり今宵は、呑兵衛様。和田平助を逆から読むと(失礼)。五木武利さんはゴキブリさん。いやはや、日本人のユーモアのセンス、まんざらでもありませんな。
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