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その十二 腹が立つ

 世の中、矛盾だらけ。正しいことが立場によって都合良くすり替えられたりする。何とも腹立たしいことです。
  ところで、腹が立つといっても、実際に腹が飛び出してきて立ち上がるわけではない。いったい腹の中の何が立つのでしょうか。あるいはどういった状況をいうのでしょうか。
  その前に「腹」の語源に触れておきます。 
  腹は体の平(ヒラ)の部分であり、そのヒラが転じてハラになった。同様に平らな分部ということで原が語源。他にも張りが転じたという説までさまざまです。
  さて、「腹が立つ」です。一般的には立つと綴りますが、これはどうやら「起つ」という文字を充てた方がわかりやすい。
  もともと、「立つ」と「起つ」は同根ですから、腹のなかで怒りや悲しみが起(た)ち現れる、そう理解して良いでしょう(起の文字の右側は本来己ではなく巳で、蛇が頭をもたげて移動する象形文字)。
  ちょっとややこしくなるのですが、それを承知で話を進めます。
  古代日本神話の世界では「高天のはら」「清見はら」「天のはら」といったように「はら」使います。この場合、現代人はすぐに原の文字を思い浮かべて、原っぱのことね、とこうなりますが、もともとハラは単なる地形をいっているのではありません。日常生活から遠い場所、人智を越えた神聖なる場所や状態をいったのです。 
  もしも原と腹が同根だとするならば、古代の人々は、腹を自分の中にありながら、覗くことのできない神聖なる場所とイメージしていたのだと考えられます。これはけっして突飛な話でもこじつけでもないと思うのですがいかがでしょうか。
  ちなみに原が遠く神聖なる場所なら、野が身近な日常空間をさしました。しかし、これも平安時代までのこと。時代が下るにつれ、原と野の使い分けがどんどんなくなっていきました。
  また古代では、腹を心という意味で使っていました。「腹づもり」というのは心にあらかじめ考えておくことで「心づもり」です。
  腹が立つ、と同じ意味で「頭に来る」があります。これは何が頭にやってくるのでしょうか。それは頭に血が上るという言葉からもわかるように血でしょう。血はイコール霊(チ)で未知なるもの、というのは先般お話しした通りです。




(07/09/29号掲載)


 

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