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その十四 アスとアシタ

 時間の経過を告げる言葉に、「明日」があります。明日は「あす」と読んだり「あした」と言ったりして、それをわたしたちは文脈の中で上手に読み分けたり、使い分けたりしています。現在では、アスの方がじゃっかん改まった言い方に使われています。
  古事記の中では、アスが使われ、「阿須」の文字が充てられました。一方、万葉集ではアシタ(安志多)が採用されています。この時代の日本語は万葉仮名という漢字で書かれていますので、アスやアシタにも漢字が充てられていたのです。
  ところで、アシタというのは、古くは朝のことを言いました。
  そうです、アシタとアサは同じ朝の時間帯をさしていたのです。しかし厳密にはちょっと微妙な使い分けがありました。 
  アシタは夜から陽が出てくる時間を指し、暗い時間帯の終わりを言いました。一方、アサは明るい時間帯の始まりを言ったのです。 
  そんなことどーでもイイジャン、なんて言われてしまいそうですが、こういった時間の微細な感覚を持ち合わせていたのがわたしたち日本人だったのです。この感覚がわからないと掛け声だけのスローライフもロハスも意味がありません。例えば、♪あした浜辺をさまよえば〜♪ は『浜辺の歌』で大変有名な歌い出しですが、これは現在の明日の意味ではなく、朝の意味です。知らないと、えらい勘違いをすることになります。
  そもそも日本では、一日の始まりを夜にしていた形跡があるのです(今でもそういう人はいらっしゃいますね。古代人の名残かな?)。整理すると、「ゆうべ」「よい」「よなか」「あかつき」「あした」と時間は経過していったのです。ゆうべといえば昨晩という意味ですが、上代では夕暮れ時、夕方、黄昏時をさしたのです。
  そういえば、日本には「夕羽振(ゆうはふ)る」という言葉があって、夕刻に鳥が羽ばたく様をいい、転じて風や波が立つことに譬(たと)えたのです。きれいな言葉ですね。
  さて、そろそろわたくしも、朝に星をかずく生活に戻ります。これはまだ星が頭上に出ているときから働くという意味です。かずくは、頭上にいただくことで、そうしてこの場合には朝と書いてアシタと読みます。テストには出ないかもしれませんが、お間違いのないように。




(07/10/13号掲載)


 

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