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その十五 ひく

 「ひく」という言葉にずっと興味を持っています。楽器を弾いたり、風邪を引いたり、身を退いたり、人目を惹いたり、船を曳いたり、大豆を碾いたり、牛を牽いたり、車輪で轢いたり、ノコギリで挽いたりします。
  しかし、同じ「ひく」でも微妙にその意味や動作の方向や状態が違います。紙幅の許す限り見てまいりましょう。
  まずは楽器。琴を弾く、三味線を弾く、ピアノを弾く、要するに弦楽器は弾くというのです。同じ楽器でも、太鼓は叩く、笛は吹くといいますね。弾くというのは、上下左右に対象を振動させることをいいます。
  他の例を見ます。季節の変わり目に多いのが風邪。平安時代には既に風邪という言葉がありましたが、これは「ふうじゃ」と読んでいました。風邪の考え方は、自然界に吹く風が邪気を運んできて体の中に入ることで、それによって体調を崩してしまうことをいいました。したがって、古代では、風と風邪はほぼ同義語だったことがわかります。
  普通病気は、「かかる」といいますが、風邪にかかるという言い方は余りしません。やはり、「風邪を引く」というのが一般的です。これは、そういった邪気を体の中に引き込んでしまったというイメージなのです。
  では風邪の原因である風はいったい何が起こしているかというと、天界にすむ鳥(鳳凰)、あるいは龍神が起こしていたとみたのです。それは風のもとのカタチが「鳳(ほう=鳳凰)」とつづることからも容易に想像がつきます。
  また龍は風だけでなく、水や雨(あめ=天=あま)を支配する神です。虹という漢字の偏である虫は龍のことなのです(昆虫は蟲と書きました)。古の人々は、虹を大空に姿を現した龍とみたのです。
  ところで風邪を体に「引き寄せる」という感覚が「引く」にはあることがわかりましたが、一方で、「汗がひく」という言い方もあります。これはやってくる感覚ではなく、去っていく方向に力が働いています。漢字を充てるなら「退く」です。熱は退く、痛みや潮や水も同じく「退く」。「ひく」にはまさに逆の感覚が潜んでいる。
  明暗、左右、男女、内外、後先、去来、善悪など両極にある言葉をひとまとめにして使っていく日本人の感覚がこのような二重性の意味を生んだのです。




(07/11/10号掲載)


 

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