色はにほへ都
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その十六 

 日本人は特に庭が好きな民族です。マンションに暮らすというライフスタイルも多くなってきたとはいえ、それでもベランダに小さな庭を造ったり、建築に坪庭を取り入れたりして、季節の移り変わりを楽しんでいます。
  ところで庭という言葉の語源はいくつもあるのですが、わたしは、「に+わ」で、「に」は丹、いわゆる土のこと。そうして「わ」は場のことを表しているという説を採用します。 
  土(丹)は、埴輪(はにわ)の埴のことで、粘り気のある細かな黄赤色をした土をいいました。
  もともと庭とは神事を執り行う場所で、必ずしも住まいと揃いであったものではなく、家から離れたところにあった広い土地をいったのです。狩庭(かりには)という言葉があり、庭と書いて狩りを行う野原をいうことからも推測できます。
  いえ、厳密にいうならば、それは山の奥深く、人里離れたところにあり、神々が来臨する場でした。
  沖縄の山中にはウタキと呼ばれる場所があります。ただひたすら獣道を歩いていくと突然、空間が開け、神々しいばかりの陽の光が射し込んでいる。それが神社の原型、すなわち「に+わ」なのです。その空間では、神事のために鳥や獣が神に捧げられていたのです。
  そうして時代が下るにつれてこの「神の降ります庭」は都(宮処)に下りてきて、やがて宮中の建築に組み込まれ「宮の庭」としてカタチを整えていくのです。すなわち王朝雅の庭の誕生です。
  このころになると庭は、中国思想とがっちりと組み合わさり、理想郷である蓬莱山を見立てるための亀や鶴に似た岩を持ち込んだり、国々の名所が再現されたりします。
  さらに鎌倉末期から室町時代になると五山文化や水墨画と互いに影響しあいながら枯山水という新しい池が生まれます。そうして茶の湯が盛んになると「数寄の庭」といった考え方が誕生し、不足の美が重視されます。
  近年になると、中根金作(天竜の人)、重森三玲、佐野藤右衛門、イサム・ノグチといった庭や庭木のスーパースターたちが登場し、ひと通りの日本流をやりきったというふうにも見えます。
  ちなみに和歌や俳句で鳥と言えば鶏を指すぐらい人間と生活を共にしてきた鶏ですが、これは庭に放たれた鳥で、庭っ鳥が語源とされています。




(07/11/24号掲載)


 

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