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その二十一 ニッポン?ニホン?

 日本は、そもそもなぜ日本という呼び方なのでしょうか。いったい日本はいつから日本と名乗っているのでしょうか。日本は「ニッポン」と読むのが正しいのか、それとも「ニホン」と読むのが本来的なのか、果たしてどちらなのでしょうか。意外にわたしたちは自分たちの国のことをきちんと語れないのではないでしょうか。 
  まず日本という呼び名の語源をみていくと、中国から見て、日の出る本の国(東の方)ということから名付けられたという説。あるいは古い国号ヤマトの枕詞「日の本の」から採ったという説などが主なものです。 
  それでは「ニッポン」か「ニホン」かという問題ですが、こんなふうに検証してみるのはいかがでしょうか。
  まず日本の「日」という文字を「ニ」と読むのは「日本」以外には基本的にありません。ということは、この読み方が特殊で慣用的に変化したものだと考えてみるのです。 
  一方「日」を「ニッ」と読む例はたくさんあります。日誌、日光、日直、日程、日課、日刊、日記、日給、日系まだまだあります。と考えると、「ニッポン」と読む方に軍配が上がりそうです。
  更に考えを推し進めてみましょう。平安時代、平仮名や片仮名が生まれたときには、今のような促音(小さな「っ」や「ょ」など)や撥音(ん)、濁音(ばびぶなど)や半濁音(ぱぴぷなど)はありませんでした。ですから「ニッポン」と綴りたくても、そもそもそれができなかった。ですから漢字で「日本」と綴っていました。そのためにもともと使っていた「ニッポン」を後世の人々が「ニホン」と読み違えた、あるいは読み替えた形跡があるのです。これはあくまでも推測ですが、いかがでしょう。
  それともただひとつ、「ニホン」だけ特殊な読み方があったと考える方が妥当なのでしょうか。
  さて、日本はいつから日本と名乗っているかという問題です。これは文献を丁寧に拾っていくと、六七二年の壬申(じんしん)の乱を治めた大海人皇子(おおあまのおうじ)が今の奈良県明日香村周辺に宮を構えたときに発令した浄御原令(きよみはらりょう)という法典に、はじめて「日本」という文字が登場します。
  日本が日本と最初に名乗ったのは、江戸時代でも明治時代でもないんですね。




(08/02/02号掲載)


 

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