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その二十四 遠慮

  わたしたち日本人は「遠慮」ということをとても大切にしてきました。
 ただし遠慮とひとくちにいっても、そこには「深用心」「遠謀」「悪遠慮」「抑制」「謹慎」「気が置ける」など多くの意味や状態が含まれています。また「遠い将来まで見通して考える」という意味もあります。
 なかでも中心にあるのが「慎む」という状態や態度ではないでしょうか。
 ところで、この遠慮という言葉、実は江戸時代の刑罰のひとつだったといったら驚きませんか。
 武家社会では、武士や僧侶の軽い刑罰に対して「禁足」の刑を科していました(このように罰を受けて引きこもっている状態を総称して「謫慮(たっきょ)」といいました)。
 そうしてこの禁足にも四つの段階があって、重い順に「蟄居(ちっきょ)」「閉門」「逼塞(ひっそく)」「遠慮」でした。
 遠慮は、刑罰といっても、居宅の門こそ閉めなければなりませんでしたが、人目につかない夜間にくぐり戸から出たり入ったりすることは許されていました。それだけでなく親類縁者の出入りも許されていたのです。かの藤沢周平さんの小説には時折この言葉が登場します。
 また軽犯罪だけでなく親族に不幸があったり、伝染病に感染した場合にもこの遠慮の謹慎刑罰が適応されたのです。
 要するに、ある空間や心の中にこもっている状態が遠慮という言葉に代表され、この刑罰がなくなったあとにも言葉だけ生き残り、慎むという意味あいが色濃くなったというわけです。
 ところで遠慮に近い言葉に「奥ゆかしい」があります。「奥床し」とも綴ります。床という文字は当て字ですが、意味は、その奧にあるものに心が惹かれ、その先を見たい、聞きたい、触りたい、知りたいという状態です。「ゆかし」は「行く」の形容詞化で、気持ちが奧に引き込まれていく感覚です。
 しかし、重要なのはここからですが、ではその中にずかずかと入っていくかといえば、古の人々はけっしてそんな無粋なことはしませんでした。すんでのところで踏みとどまってなかをあれこれ想像する。これが恋愛だと「くるおしい」という感覚につながったりするのです。ネット空間では忘れてしまっている感覚ですね。




(08/04/05号掲載)


 

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