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その二十六 男前

 前後というときの「前」とはいったいなんでしょうか。なぜ前は前といわれるのでしょうか。日常使われている言葉は、そんな不思議にあふれています。
 「前」には場所や位置的な前後としての前、時間的な前後としての前などの意味があります。
 「前」を調べていくと、古典のいくつかには「目方」「目辺」あるいは「見方」の文字が充てられていることがわかります。これらはいずれも自分の目の前、自分の目の辺り、自分が見る方向をいっています。
 さて、江戸時代の歌舞伎に「男舞歌舞伎」(おとこまいかぶき)があります。そもそも男舞とは、白拍子(しらびょうし)という底辺の階級にいた芸能者がはじめた歌舞伎舞のことです。女性が男性の格好をして舞いを舞うのが特徴ですが、わたしは、この「男舞」が変化して「男前」になったのではないかと見ています。「前」は「舞う」と結びつきがあるのです。
 他の例で見てみましょう。「一人前」というときの前が表しているのは立派な大人として振る舞える様であり、「腕前」の前は腕の技を振る舞うことです。やはり「前」は「舞う」と字義の面で深い結びつきがあるようです(江戸前の前は東京湾を指す)。
 更に深く検証してみます。
 「舞う」の語源は一般的には「回る」ですが、更に詳しくいえば「回りながら前の方向に移動する」ことです。それはけっして拡大解釈でありません。なぜなら「舞う」という言葉には、もともと「先」や「進む」という意味があるからです。
 もう一つだけ、「前」が歌舞伎と関係するのではないかという理由を挙げておきます。
 現在わかっている男前という言葉のもっとも古い出典を一七八四年の「思花街容性」(おもわくくるわかたぎ)という歌舞伎の台本に見つけることができます。これは、男前という語義・語源と歌舞伎が深く結びついている証拠のひとつではないでしょうか。
 「まう」「もう」を「猛」と解釈して、男が猛る様が男前であるとする説もあるのですが、歌舞伎と深く結びついているとなると男前とは、単なる勢いがあるという意味の「猛」ではうまく説明がつきません。なぜなら、歌舞伎の世界は勢いよりも艶の世界だからです。


(08/04/26号掲載)


 

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