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その一 季寄せ

 言わずもがな、日本は天候を表す言葉にあふれている。雨を表す言葉だけでも千数百もある。目くるめく季節の中から微細な感覚が生まれ、それと呼応する言葉が萌芽し、そこから和歌や俳句、短歌や童謡などが生まれた。
 御新香という言葉がある。前々からとても気になっている言葉だ。「膳の上には美(うま)い新香を欠かしたことがなかった」と書いたのは尾崎紅葉に師事した徳田秋声だが、新しく香ると綴るこの言葉に、タクアンやキュウリなどの漬け物一式を代表してしまう日本人の言語感覚にわたしは舌を巻く。どうやら香るという言葉は日本人にとって特別な意味を持つらしい。 
 そもそも香るとは、「か」プラス「をる」で、「か」は気のこと。「をる」は酒を醸造することだ。つまり香りとは、気配が発酵し、辺りに充満した状態を言うのだ。さらに解釈を重ねるなら、「御」は神を降ろし迎えることで、神事を表す神聖なる文字。それを御新香と持ってきているのは、季節ごとにやってくる神々を明らかに意識している言葉だといえる。もともと旬の野菜は神々の恵みであり、神々の乗り物だったのだろう。それはご先祖様に馬に乗って早く来て頂き、牛に乗ってゆっくりかえって頂くというお盆のしつらいからも想像できる。
 日本人は、「季寄せ」といって、常に季節を生け捕ってきた。遠くに見える山桜だけが季節ではなく、それを一枝生け捕って花瓶に投げ入れる立花を美とした。そうして一輪、一枝に山一面に咲き乱れる山桜を観たのだ。さらに日本人はそれに重ねて「しきたり」をつくる。しきたりとは「してきたり」で、先人の知恵袋だ。
 昨今では、神だ、仏だと言えば、いたずらにきな臭いものだと眉間にしわを寄せる風潮にある。御新香を見ながら、八百万の神々を感じるイマジネーションが欲しいのだ。


(06/07/15号掲載)


 

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