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その八 梅に鶯

 大自然や名刹(めいさつ)、あるいは名画の前にある「進入禁止!」の看板。海外にも負けないくらい長く続く海岸線にも、「ゴミの投げ捨て禁止!」「スピード落とせ!」の数珠つなぎの看板。そんな文字のひひらく状況に興ざめした経験はだれにでもあるでしょう。そもそもモラルがなっていないからだ、という声が聞こえてきそうですが、それかあらぬか、ここで原因を議論するつもりもありません。ただ、もともと私たち日本人は、伝統文化一つとってみても、もっとスマートな手段を使ってメッセージを表示してきたはずです。
 ではいざ、お茶会に出かけてみると、茶庭の岐路に縄でゆわいたゴルフボールぐらいの石が置いてあります。これは「関守石」と呼ばれていて、「ここから先には入らないでください」という小さな「看板」なのです。これがどうでしょう。苔生し(こけむし)、凛とした空気が漂う茶庭に、ペンキで書かれた「入るな!」という看板が掛かっていたとしたら。たぶん多くの不興をかこつことになるでしょう。
 さて伝統文化というものを、ためつすがめつ眺めると、あえて文字や言葉にしない所作や意匠というものが随所に隠れていることに気づくはずです。例えば日本建築はそれらの宝庫です。なかんずく部屋と部屋とを分けながら、天井近くで隣り合った部屋をつなぐ役割を果たす欄間には、歴史的にみても美しい彫刻作品が多く、ため息が出るほどです。
 この欄間の片方に梅が彫ってあったとすると、もう片側には決まって鶯が彫ってある。これはもう決まり事なのです。松に鶴、竹に虎(雀)、紅葉に鹿、牡丹に蝶(獅子)、波に千鳥、柳にツバメと、めでたい取り合わせが決まっているのです。わざわざ、もう片方に何が彫ってあるかなど書いてあるはずもありません。
 わたしの好きな絵画の手法に「留守文様」があります。そこに描かれているのは太鼓や手鏡などの小道具だけで、人物を直接登場させないで鑑賞する者に特定の人物や物語を想起させる手法です。もちろん、そこでは読み手の想像力と教養が問われます。


(06/10/21号掲載)


 

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