
▲静岡の大火や空襲の被害にあった唐木屋薬局では、多くの資料が燃えてしまったという、秋山廣志さんと薫子さん。「呉服町はいつの時代も、おしゃれして出かける“晴れの町”であってほしい」と、町への深い想いを口にする

▲昭和6年、改築直前の店の前に立つ4代目と5代目。周囲には蔵を持つ商店が並び、通りにすぐ面している
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徳川家康が大御所政治を行い、先進的な城下町として九十六カ町が整備された駿府の町。「駿府九十六カ町コラム」では現存する町の旧家を訪ね、静岡の古の姿をしのびます。
第1回は、呉服町に注目。「昔は通りが狭かった。今の車道とほぼ同じ幅で、歩道部分に商家が並んでいました」。昔を懐かしむのは、文政9年(1826年)に開業した「和漢御薬種所・唐木屋」の6代目、今も同じ場所で唐木屋薬局を営む秋山廣志さん。「安鶴在世記」(文久2年)という書物には、“唐木屋の蔵に狐が出没。悪さをしないという証文を書かせた”という話が登場するほどの、堂々たる大店でした。今も唐木屋薬局には、貴重な資料が残されています。
高い自治意識歴史への誇り
天保の町内図、幕府に百両寄付したという覚書、金銀出納簿、大福帳(売掛帳)などの和紙につづられた見事な墨跡を見ると、息づく歴史に触れる思いが。「東海道は伝馬町から江川町の交差点に入り、呉服町を通って、本通りへ続いていた。唐木屋の前を参勤交代や、海外使節団が通ったのです。外国人たちは、駿府の町の清潔さや女性の衣の美しさに驚嘆している。呉服町は目抜き通りだったはず。明治時代には町則も作られています。江戸のころから、高い自治意識があったのでは」。唐木屋の血をひく奥様の薫子さんは、「代々呉服町に住む家は減ってしまい寂しいです。歴史が生きる呉服町で今も仕事ができるのを感謝しています」。町を愛する気持ちが感じられました。
取材協力:唐木屋薬局
住所:静岡市葵区呉服町2-2-7 TEL:054(252)0266
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