
▲人々の思い出と写真でつづる「七間町物語」を持つ荒井桂吾さん

▲大正時代の七間町通り。中央は駿府城址。県立中央図書館蔵
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昨年、七間町町内会では3年間の編集作業を経て、ここ100年間の町の歴史をとどめようという1冊の本を出版しました。その名も「七間町物語」。「この町ならではの歴史や生活を見据え、時代と共に構築される町づくりをしたい」という、町内会長・荒井桂吾さんをはじめとする町の人々を訪ねました。
「東海道の道筋にあたる七間町は、座の長が居を構えただけに豪商も多く、古くから物流の拠点でした」。江戸期には木工品や竹細工、漆器の店も目立ち、江戸参府の外国人の注目を集めていたなど、当時からかなりにぎわいのある町だったことが推測されます。
当時、玉川座という一座が、駿府町奉行の許可を得て、現在の駒形1丁目の妙像寺境内で芝居などを興行していました。その権利を買い取り、明治になって誕生した芝居小屋が、後の「若竹座」の前身にあたります。「その後、次々に見世物小屋や寄席、映画館が建ち、七間町は静岡一の歓楽街に。毎日、仕事を終えた職人たちが、若竹座から札之辻の間の店を冷やかしながらぶらぶら歩きを楽しみ、“七ぶら”という言葉が生まれたとか。ミルクホールなども登場し、画家や作家が集まる、一種独特の雰囲気を持つ町だったようです。
しかし、七間町は静岡の大火と空襲にみまわれ、2度にわたり全焼。今回の本の出版でも写真の入手がとても困難だったそうです。「改めて町の歴史を見直すことで、私たちの町への誇りが一層強く培われた。七間町に漂うワクワク感、独特の情感を守っていきたいと感じています」。
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