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小梳神社(おぐしじんじゃ)

静岡市


▲静岡西武の向かいにある小梳神社。「少将井神社」とも呼ばれるのは、「少将」が奇稲田姫命の別称、「井」はかつて水が豊かだったからだそうです。社殿左横にある「霊水 少将の井」には、今でも水を汲みに来る人がいるとか

▲神幸祭の様子。祇園信仰は町人に支えられてきたせいか、おみこしも華やか。でも真夏のご巡行は「楽」より「苦」といった印象も。
7月24日(土)は宵宮祭(よいみやさい)
7月25日(日)は神幸祭も予定

語源はアイヌ語はるか昔の先史時代?

 静岡市の繁華街、ビルの間にある全国的にも珍しい名前の「小梳神社」は、アイヌ語の“オグシリ”が語源と考えられています。静岡市史によると、旧鎮座地が、水の中に浮かぶ島(中州)にあり、それを先住民はオグシリと呼んだとあります。この起源は、はるか昔の先史時代。
 「あまりに歴史が古すぎて、正確な由来は不明です(笑)」とお話をうかがった宮司の森英樹さん。
 その後、大宝令により社前に横田駅(現在の静鉄新静岡駅の辺り)が設けられ、同神社は駅の守護神として信仰を集めるようになりました。以後、713年の「日本総国風土記」や937年の「延喜格式」といった文献にその名が載り始めます。「少将井神社」や「少将の宮」と呼ばれるようになったのもこのころからです。
 また後に、神社の近くに住んでいた幼少期の徳川家康は、武運長久や健康祈願をするなど厚い崇敬を寄せていました。やがて家康が天下を統一、駿府城にとどまるにあたり、徳川家の守り神である大己貴命(おおなむちのみこと)と天照皇大神(あまてらすおおみかみ)を同神社に合祀。元からのご祭神である建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)と奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)とともに祀るようになりました。その後も、延宝年間には現在の地に社殿を建てるなど、徳川家とのつながりは大変深いものでした。
 疫病や台風など、こわい季節とされていた夏を、神様に祈願して乗り切るという祇園信仰が850年ごろから全国に広がり、小梳神社でも毎年夏にその例祭が行われています。  
 また、今年は2年に一度の神幸祭の年。7月25日には猿田彦命が先導するにぎやかなご巡行が、静岡市中心部を回ります。

(04/06/26)

●夏の例祭/7月27日(火)
■静岡市紺屋町7-13
 TEL 054(252)6660

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